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三谷幸喜の父親はどんな人で生い立ちは?実家や家族構成についても

 
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三谷幸喜さんと言えば映画監督、脚本家、演出家など多岐わたる活躍で類い稀な才能を発揮される超有名な方ですね。数々の作品を世に送り出し人々を楽しませてくれる三谷幸喜さん。

 
 
 
 
 
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#記憶にございません !#三谷幸喜

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そんなすばらしい作品ができるのには何か彼の生い立ちが関係しているのかもしれません。
彼自身も父親の影響が大きかった事柄について話されていることがあります。

そのあたりが気になったので調べてみました。

三谷幸喜の父親について

三谷幸喜さんの父親は彼が10歳の時に他界されているそうですが、幼少期ながら父親の影響はかなり大きかったようです。

三谷幸喜の父親は経営者だった

三谷幸喜さんの父親は福岡市の中州でクラブを数店経営されていたそうです。
数店経営していたってことはかなりの敏腕経営者だったのではないでしょうか。

自分が経営者としてやっていくにはさまざまな困難やリスクも伴うものですが、三谷さんの父親は根っからの経営者マインドの持ち主だったことがうかがえます。

当然リーダーとしての気質も問われます。
複数の店舗を経営しているということはかなりの従業員もいたはず…
それらをまとめていく能力にも長けていたと思われます。

現在の三谷幸喜さんのリーダーとしての気質も父親譲りであったのでは…?
と思われますが三谷幸喜さんは自分のリーダー像は父親が反面教師だとおっしゃっています。
反面教師??ちょっと謎ですね… 

三谷幸喜の父親は厳しい人だった

三谷幸喜さんの父親はとても厳しい人だったようです。

経営者として切り盛りしていくわけですから当然といえば当然。
昔気質の人だったのだと思います。

三谷幸喜さんの記憶の中に「父親はいつも家から会社に電話をして部下を叱っている」光景が残っているとおっしゃっています。そんなことから三谷幸喜さんの父親の記憶の8割は怒っている姿なんだそう…
怒るときの声とものすごく怒るさまは今でも覚えていると言われています。

幼少期の三谷幸喜さんはその怒る父親の姿がものすごく嫌だったのだそうです。

怒られていた人は父親の部下の人たち。
その会社の人たちには三谷さんもよく遊んでもらっていて顔なじみになっていたのでそのような人たちが怒られているのはほんとうに嫌で抗議をしたこともあったとか…

その抗議に対して父親が何と言ったかの記憶はないそうですが、いったい何と言われたのでしょうかね…個人的には気になるところであります。

そんな父親が反面教師になり「トップは怒らないがいい」という三谷幸喜さんのリーダー像が出来上がったようです。

怒ることはまずないという三谷幸喜さん。
怒り慣れていないから「怒るノウハウ」がないとおもしろいコメントもされています。

そして、その時の印象から人の上に立つことの大変さやつらさが自分の中にインプットされ「リーダーになったことが失敗」と三谷幸喜さんは言っています。
なかなか面白い発言ですね。

三谷幸喜の実家・生い立ちについて

三谷幸喜さんの実家は東京都世田谷区です。
都会育ちなんですね。比較的裕福な家庭で育ったようです。

三谷幸喜さんの生い立ちですが、2歳の頃からお母さんが創作したお話を聞きながら眠りについていたそうです。三谷幸喜さん自身が大きくなるにつれて今度は自分がお話を作ってお母さんに聞かせていたんだとか。

三谷幸喜さんの原点はまさにここなのではないでしょうか。

とても愛情深く育てられていたことがうかがえます。

父親は福岡でお店をしていたのでたまにしか家にいなかったそうですが、その分も含めてお母さんが深い愛情で三谷幸喜さんを育てていらしたのではないかと思います。家族のために福岡で単身で働くお父さんも「家族のため」という深い愛情のもと過ごされていたのではないでしょうか。

そんな愛情深き両親の影響か人を笑わせたり喜ばせたりすることが大好きだった三谷幸喜さん。

小学生の時の同級生の父親が俳優だったことから初めて脚本に触れる機会があり書き方の勉強をします。小学生の頃にはもうクリスマス会や謝恩会などで自ら脚本や劇を製作して発表していたとか…

中学生になると自ら演劇部を立ち上げ作品も自ら書いて上演。8ミリカメラにも目覚め映画の製作も手掛けます。

高校時代には短編映画をいくつも制作し大学時代には劇団「東京サンシャインボーイズ」を結成し自らも「一橋壮太朗」という芸名で役者もしていました。

小学生の頃にはもう脚本を書いていたなんて驚きですね!

お母さんのお話によって培われた感性と持って生まれた才能が育んだ結果が現在の三谷幸喜さんだと思われます。

三谷幸喜の家族構成

人並み外れた才能の持ち主の三谷幸喜さんですが、どのような家族構成で過ごされてきたのでしょうか。

幼少期の家族構成

三谷幸喜さんは一人っ子なので幼少期は父、母との3人家族だったようです。

上記にも書いた通り、父親は単身で福岡にいることが多かったため、実質は母親と2人家族のようなものだったのかもしれません。しかし、母親もパブや喫茶店を経営しており、パブのダンサーが同居していたこともあるようです。

父、母ともに経営者であったため、家に出入りする人が多いことも珍しくはない環境だったのかもしれません。

現在の家族構成

三谷幸喜さんは一度離婚をされていますが、今は再婚されています。
最初の奥様との間に子供はなく、2014年に現在の奥様との間に男の子が生まれています。

自宅は世田谷区だそうですが、実家とは別の場所に構えていると言われているので同居ではなさそうです。なので、現在の家族構成は奥様と子供さんとの3人家族のようです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

三谷幸喜さんの作品には生い立ちが関係しているのでは?と思ったことから父親や生い立ちについて調べてみました。数々の素晴らしい作品の原点は幼少期のお母さんの創作物語だったことは間違いなさそうです。

これからも人々を楽しませてくれる作品をたくさん創っていただきたいですね!

 

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